空想考察

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「働かないアリ」と私の起業

こんにちは、akiwoです。

 

今日は久しぶりに記事を書きます。

 

以前から、アリの世界には「良く働くアリ」、「普通くらいに働くアリ」、「働かないアリ」が居ると聞いたことがありました。

 

で、それぞれの割合が2:6:2位だとも聞いたことがあります。

 

この割合ですが、「良く働くアリ」グループだけ抽出してみたら、10割が「良く働くアリ」になりそうですが、そうするとやっぱり2:6:2になってしまうそうです。

 

で、この話を初めて聞いたとき、人間もそうなんだろうな~。と、シンプルに感じました。きっと、うまいことサボってるズルいアリさんなんだろうな~。と。

 

でもここ最近、自分の体調が悪くて、思うように働けなくなって思いました。

 

これって、「働かないアリ」じゃなくて、「働けないアリ」もずいぶん含まれてるんじゃないの?と。

 

そして、働き過ぎた人間が鬱病を発症して動けなくなるように、働きすぎたアリもやっぱり動けなくなったり、正常な判断が出来なくなったりするんじゃないかなあと感じました。

 

だから、「良く働くアリ」だけでグループ分けしたら、そのグループ内でこなせる仕事の量や内容の平均値が上がってしまって、自分の能力以上に頑張り過ぎたアリさんは、正常に動けなくなってしまうのではないかなと思いました。

 

「働かないアリ」の中には、「何もしないアリ」というアリさんもいて、これなんかまさに鬱病なんかを発症しているのではないかと思うのです。

 

この、一見サボっているように見える「働かないアリ」の世界ですが、自分が病気になって、働けなくなって眺めてみると、実は思うように身体が動かなくなってしまったアリさん達もかなりいるのではないかと想像してしまうのです。

 

もちろん、おさぼりアリさんもたくさんいるでしょう。でも、人間だって疲れたら休みたいのですから、アリさんだって同じだと思います。

 

どこかで、なぜかしら休まずに働き続ける事が美徳とされているのはやはりおかしいと思います。私は動物も人間もそのようには元々できていないのではないかと思うのです。元々1日に8時間も働けるように出来ている個体は本当にそれこそ目一杯大目に見積もって全労働力の7~8割程度で、実際は6割程度なのではないかと感じるわけです。だから、サボると言う言葉もどうかな~?と感じます。それこそ、自分がやりたい事だったら、眠らずに頑張れても、物理的に睡眠時間などで限界がきたら疲れて休むわけですから。それが、やりたくない事だったら、脳みそから全拒否の信号が出て、早く疲れるのも無理はない。と思うのです。

 

ところで、休まずに働き続ける(それも安く)が美徳って、あと清貧って、使う側にとってすごく都合のいい思考ですよね。雇われる方はそれに素直に従ってしまう。そして、壊れてしまったら、また別の人を雇えばいい。と使う側は考える。結局、働かないアリ(働けないアリ)は、正常に動けなくなるか、全く動けなくなるか、働きすぎて死んでしまうのではないかと思うのです。

 

で、思ったわけです。もう、独立しちゃえ!と。

 

さすがに根気のある私でしたが、長年に渡る不遇のサラリーマン(確定申告アリ。福利厚生ナシ。給与遅配普通。なんじゃそら!?)生活におさらばする勇気が湧いてきました。

 

なので、自宅で家庭教師をする事に致しました。(基本マンツーマン)

 

どうせ確定申告するのです。ならば自分でお客さん集めようという気にやっとなったのです。(20年掛かったけど)

 

ここらで、「働かないアリ」もとい、「働けないアリ」は、「普通位に働くアリ」になるべく、自分で自分を雇うことにしました。

 

そう、「働かないアリ」だって、好きで働かないアリもいれば、うまく自分の身体が動かせなくて働けないアリもいるはずです。

 

そして、一見中には働いてないように見えるアリにも、適切な場が与えられれば、また働けるようになるのではないかと思うのです。

 

私の場合は、年齢的にももう与えられるのは厳しそうなので、自分で立ち上がる事にしました。

 

本当は、障害者雇用等も考えたのですが、正直もう「雇われたくない!」という気持ちなのです。もう、雇用関係での人間関係はウンザリです。

 

もちろん、自営業がサラリーマンよりはるかに厳しい世界なのは知っています。起業しても、三年以内に潰れる会社がほとんどです。けれども、もうね体力的にも、精神的にも無理のきかない年齢なのかなあ、不思議ともう、自分と子ども達だけ食べていければいい。雇用側のお金まで稼ぐ事は無理だな~。と感じるように。

 

「働かないアリ」にだって、自由が有ったっていいじゃないですか。自分が働きやすい環境を整える自由位有るはずです。

 

お金だってないけど、同じないなら、いっそストレスないほうが清々しい。

 

どうせ、私には資産になる持ち家も車も無いのです。だから、ローンないのでそこら辺自由なわけです。

 

ええ、もうすっかりある意味やけっぱちではあります。私の大嫌いなギャンブルの匂いがプンプンしますが、人生一度くらい勝負する所が有るのではないか?それが、私にとって今なのではないか?と、考えているのです。

 

ノーリスク、ノーリターン(ノータリーンじゃないです)。

 

投資家だって、働かずに食べていくために、自分のお金に仕事をさせているのです。

 

ハイリスクであれば、それだけハイリターンなわけなので、私はかけるお金はないので、自分の時間(時給)をかけるしかないのです。

 

今の私の雇用状態は、改善される目処がありませんし、何より食べて行けないし、さらに言えば、私が頑張った時間(稼いだお金)で、雇用主の懐を潤わせるのが心底嫌になったのです。

 

ここまで来たら、あとは2の手、3の手、さらに手を変え品を変えて、起業リスクに備えて起業したほうがマシです。

 

だから、同じ私の時間(人生)を、家族の為だけにかけたいと思います。

 

ふと気づけば二千字を超えていますので、今日はこの辺で。

 

ブログはまだ続けて行きますので、よろしければたまにご覧ください。

 

では。